読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

面白ハンター

テツヤマモト。北海道出身の23歳。フリーライターしてます。退職を期に、家無し放浪生活中。11月は札幌→台湾→札幌→上砂川の予定。

死にそうなくらい生きたい。

プロフィール

スポンサーリンク

昨日おじいちゃんの夢を見た。

夢の内容は忘れた。なんかたくさん人がいる中におじいちゃんが混ざってる感じ。目覚めてから、「あれーそういえば夢でおじいちゃん生きてたな」って思った。

僕のおじいちゃんは去年亡くなった。

あと1,2ヶ月で一周忌だ。

おじいちゃんのイメージといえば、自営業を営んでいる実家の店番をしながら麻雀のゲームしてたこと。あと、ご飯を食べながら、おばあちゃんに愚痴を言ってことが思い浮かぶ。あと野球少年だった僕の応援にも来てくれたし、大学生になってからはお手紙とお小遣いを毎月送ってくれたなぁ。

 

おじいちゃんは自営業をやっている実家の働き手だった。

体調を崩して、入退院を繰り返すようになってからは実家は大変だったらしい。

家業の事務作業をこなしていたおばあちゃんは、おじいちゃんの看病や精神的なストレスで疲れ果てていた。だから父親はほとんど一人で家業を回すようになった。大学受験中の弟、公務員で管理職してる母親は、ときに家業に駆り出されるようになった。

その間、僕は何をしているかというと、悠々と大学生をしていた。札幌で。

なんなんだろうね。

 

1年前、おじいちゃんの連絡を受けて、通夜と葬儀の日にふらっと実家へ帰った。

おじいちゃんのお葬式は家族葬でやることになった。身内9人だけのお葬式。おじいちゃんの遺言だった。

おじいちゃんは照れ屋だったので孫とペラペラ話すような人じゃなかった。まして僕は大学生になってから、ほとんど実家に帰っていないから、お話した記憶がほとんどない。

大変な思いをしてきた家族と、孫のことをそれなりに思ってくれたおじいちゃん。なんだかとっても申し訳ない気持ちになって泣いた。

そのとき思った。

これから、死にそうなくらい生きようと。

 

おじいちゃんは実家の家業をはじめた人。

商売をはじめるのすごい大変だったんだろうなあ。父親から聞くにも、とにかく休まないで働きまくっていたらしい。亡くなる半年くらい前までバリバリ現役で仕事していたのだから、本当に必死で仕事していた人だったのだろう。

おじいちゃんの最期、末期ガンに苦しみながら、文字通り死にそうなくらい生きる姿を見てきた。それを支える家族も死にそうなくらい生きてた。

対して、僕はふらふら大学生してた。だらだらと授業に出て、適当に単位取ってた。

だから決めた。

これからは死にそうなくらい生きるって。

 

今日ふと、おじいちゃんが夢に出てきて、約1年前の自分の思ってたことがこんな感じでフラッシュバックしてきた。

やっと本題。

1年前の記憶が突然蘇ってきて、自分の思ってたことと、今の自分を照らし合わせた。

死にそうなくらい生きる…か。

今、全然死にそうじゃないな。

物凄く安定的にふらふらと生きてることに気付いた。

大学卒業して、引っ越して、就職して、働いて、たまにブログ書いて。一言でいうなら、ものすごく安定的に生きてる。「20代は人生の充電期間~♪」とか「今はスキルを身に付ける期間~♪」とか、なんかものすごく安定思考になってしまってる。

仕事は大変だけど、辛いことはほとんどない。物欲も、飲みに行く友人もいないから、経済的にも困っていない。何に使うかわからない貯金がだらだらとたまっていく。

 

この生き方をしたかったのかな。

歯食いしばって、恥もプライドも捨てて、自分が生き抜くために、近くにいる人を幸せにするために、動き回る。そんな生き方をするって決意したんじゃなかったっけ。

例えば、明日心臓発作で死ぬとしましょう。

さぁ今まさに天に登ってるとこだよ。フランダースみたいな感じで天使さんに先導されているよー。そこで僕は後悔してるかなーしてないかなー。

あぁ、圧倒的に後悔してるなー。

自分は死ぬ直前が一番輝いてた。死にそうなくらい生きてた。良い人生だった。あらま、周りの人も良い顔してるじゃーん。

そんなこと言えないなー。

 

後悔しない生き方。

自分を認められる生き方。

今が一番輝いていると胸を張っていえる生き方。

死にそうなくらい生きたい。

 

今日の空、好きでした。

f:id:omosiroxyz:20160807195836j:plain