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面白ハンター

アジア諸国に滞在して、ノマドワークしてる23歳。講演・講師もやってます。札幌市民で北大卒。趣味は投資と読書。4月は台北に滞在します!

人見知りの生きる道。

エッセイ 書評

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本屋をふらふらしていて、なんとなくオードリー若林のエッセイを買った。

紙の本はあまり買わないんだけど、今買うべき本な気がしたのだ。

僕は若林さんが好きだ。

芸人っぽくない?人見知りで根暗でネガティブな雰囲気になぜか惹きつけられる。

エッセイを読むのははじめてだったけど、想像以上にひねくれてて、びびった。

でも、すげー共感した。

 

本で一番好きだった部分

本では、若林さんの雑誌連載エッセイがまとめられてる。その中の「暗闇に全力で投げつけたもの」ってコラムが一番好きだった。

 

若林さんが「人見知りなのに、なんでお笑いしてるの?」って聞かれて思ったこと。

ぼくは本当の人見知りこそ人前に出てくるものだと思ってる。

人嫌いと人見知りは違う。本当は人に近付きたい、でも近付いて嫌われたくないという自意識過剰な人が人見知りになる。

人見知りの人は周りに人が少ないから孤独感を勝手に抱き始める。そうなると誰かに理解して承認してもらいたくなる。承認欲求が芽生えると表現なんぞを始める。

だから、意外と重度の人見知りこそいけしゃあしゃあと人前に出て表現したりするものなのだ。

人見知りは孤独だ。それでも誰かに認められたいから人前に出て表現する。

あぁ、いい。好き。

 

人見知りは孤独だ。

ぼくはものすごく人見知りだ。

どのくらい人見知りかというと、幼稚園の先生が「テツくんは照れ屋なのか、友達と遊ぼうとせずに、1人でみんなを眺めてます」と親に相談をしていたほどだ。

自分に子供ができて、そんな相談されたら、すげー困るだろうなー。

 

社会人になっても、人見知りのままだ。

飲み会で気づいたら1人になっちゃうし、すでに盛り上がってるグループに混ざるなんて絶対できない。あと電話の緊張が尋常じゃない。セリフ考えてから電話するもん。

 

結局人見知りは、変なことして目の前の人に嫌われたくないって思ってる。

むやみに近付いたら嫌われるんじゃないか。変なこと言って変な空気になるんじゃないか。

そんな安全圏から人と関わる学生時代を過ごしたので、僕はだいぶ友達が少ない。

友達が少ないと、孤独だ。社会人になってからは1人で働いてるから、余計孤独だ。

 

孤独はいい。自由で楽しい。

でもすごーくさみしい。

 

表現に救われた。

そんなぼくが社会と繋がれることを実感したのが、ブログでの自己表現だった。

表現はいいよ。

ブログを知って僕に近づいてくれる人は、例外なく僕に興味持ってくれる人だ。

だから人見知りでも安心して関われる。

いきなり嫌われたりしないから。

 

世の中には、隠れ自意識過剰な人、隠れ人見知りな人、隠れ孤独な人がたくさんいると思う。ちょっと無理してる人もいると思う。

そんな人に限って、音楽とか動画作ったり、写真撮るのが好きだったりする。

 

それ、もっと人に見てもらった方がいい。

 

自分の表現作品は、自分の分身。

自分の代わりに、自分でも安心して関われる人を連れてきてくれる。孤独を癒してくれる。

人見知りの生きる道は、表現なんだ。

 

▼悩める学生たちに。

▼死んでしまったおじいちゃんの話

▼地元に対する思い