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面白ハンター

アジア諸国に滞在して、ノマドワークしてる23歳。講演・講師もやってます。札幌市民で北大卒。趣味は投資と読書。4月は台北に滞在します!

宮下奈都『羊と鋼の森』 / 「わがまま」な自分を見つけたピアノ調律師の物語。

書評

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宮下奈都『羊と鋼の森』を読んだ。

2015年に発売、2016年の本屋大賞1位を獲得した小説。有名だから読んだ人も多いはず。

 以下、あらすじ。

ゆるされている。世界と調和している。それがどんなに素晴らしいことか。言葉で伝えきれないなら、音で表せるようになればいい。ピアノの調律に魅せられた一人の青年。彼が調律師として、人として成長する姿を温かく静謐な筆致で綴った、祝福に満ちた長編小説。

主人公は高校時代にピアノの調律にビビッと来ちゃった少年。専門学校を出て地元の音楽店に就職した後の、修行生活の物語だ。

正直なところ、宮下奈都さんの文体は僕にはしっくりこなかった。淡々としすぎているというか、静かすぎるというか。目の前をサーっと文章が通り過ぎていっちゃう感じ。

 

でも一箇所、心にしみたシーンがあった。

わがままな自分を信用してみる。

調律師としての仕事をこなせるようになった頃、主人公があることに気付いた場面。

この一節が大好きだった。

やっと、わがままになれた。これまでどうしてわがままじゃなかったんだろう。聞き分けがよかった。おとなしかった。いつも弟に押されていた。通したいほどの我がなかった。

今、わがままだ、こどもだ、と指摘されてわかった。僕はほとんどのことに対してどうでもいいと思ってきた。わがままになる対象がきわめて限られていたのだ。

わがままが出るようなときは、もっと自分を信用するといい。わがままを究めればいい。僕の中のこどもが、そう主張していた。

特に、「わがままが出るようなときは、もっと自分を信用するといい。」がしみた。

確かになと思った。

 

「どうでもいい部分」と「こだわりたい部分」がある。

世の中にはいろんな人がいる。

その中で違いを見出すとするならば、「どうでもいい部分」「こだわりたい部分」の差じゃないだろうか?

 

例えば、僕は「食」に関して全く関心がない。栄養が摂れればなんでもいいと思ってる。気付いたらご飯食べずに1日終わったりする。でも料理の写真を撮るのは好き。

そんな僕にグルメな友人は言う。「食が無くなったら生きる意味ないわー」と。そして僕が写真撮ってたら「早く食べれやー」と言う。いいじゃないか、撮りたいんだからさ。

 

この違いがまさに個性なんだと思う。

そしてそのこだわりたい部分、つまり「わがままで子供な部分」には、自分の軸や誰にも負けない力が宿っている気がする。

 

自分の「わがまま」は何か?

小説を読み終わった後、自分の「わがまま」について考えてみた。

  • ■雇われたくない
  • ■外出したくない
  • ■文章校正されたくない
  • ■お金払いたくない

こんなもんかなぁ。

書き出してみると、驚くほど「子供」でただのめんどくさいやつだ笑。でも確かに、ヒントが隠されている気もする。

  • ■雇われたくない
  • ■外出したくない

インドアで集団行動苦手って「わがまま」をこじらせて、ブロガーになっちゃった。

  • ■文章校正されたくない

これはもうライター失格な「わがまま」だ。でもみんな悔しいよね、そうだよね。だって自分のプライドと魂を乗っけてるもん。

  • ■お金払いたくない

これはわがままってか、ただのケチだ。

でも、全ての出費の元を取ろうと、見たもの食べたものを全てブログなりSNSなりで発信するケチな性格が、僕をブロガーに導いた。

 

あなたの「わがまま」は何?

自分の「わがまま」と付き合うのは何かとめんどくさいけれど、そこにこそ生きるヒントが隠されているのかもしれない。誰にも負けない力が秘められているかもしれない。

あなたの「わがまま」はなんですか?

 

▼音にわがままな少年のお話。良かった。

 

 ▼住野よるさんの作品が大好きです。 

▼森沢明夫さんの作品も大好き1

▼原田マハさんも!この3人やばい!